機械式時計の魅力とは(その8)

自分はなぜ、機械式時計が好きなのか?と言う問いを筆者はたびたび自問自答してきた。

正確さと言う面においてはクウォーツに劣るし、目的と言う面ではスマホがあれば十二分に事足りる。
機能と言う面では、最近のスマートウォッチにはとてもかなわないだろう。

装飾品の1種と考えれば比較的理解しやすそうでもあるのだが、こと自分の関心と言う面においては、自分がそれだけで機械式時計に関心を持っているとも思えない。

そんな筆者ではあったが、最近ようやくふさわしい解答を得るに至ったように思われる。
まぁ10年ぐらいかかったんですけどね。。。

曰く、
今日の機械式時計においては、内在する魅力を具現化することだけがプロダクトに求められるから。
つまり、
魅力の塊であることを宿命づけられているから、だ。

魅力、という一見抽象的な概念にカタチを与える事。
それがこの機械式時計産業の目的ではないか、と。

そんなことを考えていたら、「そもそも魅力とは何か?」という次の疑問がわいてきたので色々調べていると以下の書物に行き当たった。


おっと。。
まさかの絶版書。
優れた示唆はいつの時代も、数が限られているようデス。。
posted by 綺羅 | Comment(0) | WHY? 機械式!

解脱者の証明【Romain Jerome】デイ アンド ナイト

機械式時計の究極には複数の選択肢が存在しマス。。

生真面目な気質が多い日本人は「如何にして精度の高い機械式時計をつくるか?」という事に重きを置き、現時点でその最善の回答がセイコー、スプリングドライブである事に異論を唱える人は世界中を見渡してもおそらく存在しないでしょうし、これを超えるロジックでの「精度の高い機械式時計作り」というものが他のメーカーで実現する事は、今後しばらくはなさそうに思われます。

しかし、ゴールが別のところにある場合はまた別の話。
●ラグジュアリーとしての機械式時計
●宇宙観の表現としての機械式時計
●叡智の歴史の結晶としての機械式時計

こうした選択肢をユーザーが、あるいは時計メーカーが選択した場合、「精度はさほど重要な要素ではない。もちろん高いに越した事はないが。」という結論が、一つの主張として浮かび上がります。

その派生が「そもそもだいたいの時間しかわからないワンハンドモデル※」であったり、「おもちゃとしての機械式時計であるジャックポッド・トゥールビヨン※」であったりすることは、わりと周知の事実かと。

さて問題は『その先』ですが。。(今回長文です)

Romain Jerome社(ローマン・ジェロームかな?)といっても、時計雑誌ではまだ記事がないのでほとんどの方は聞いたことがないと思われマスが、「タイタニック号の残骸で時計をつくるメーカー」といえば2007年のバーゼルで話題になってましたから、何となく覚えてるって方もいるんじゃないかな、と。

ココの2008年バーゼルモデル、『大問題作』デス。。
何が問題かって、
◎秒針も分針も時針もない!
◎ディスクによって時間を表示するわけでもない!

「...じゃあ、時間なんてわかんないじゃん。」と思ったアナタ!!

「そのとおり!この時計では時間はわかりません!!!」

dayandnight2.jpgしかもダブル・トゥールビヨン搭載!
ムーブメントを提供しているのは、かのBNBコンセプト。当然数千万円のコンプリカシオンです!
日中は上部のお日様キャリッジがぐるぐる!夜間は下部のお月様キャリッジがぐるぐる!
もうおわかりですね?
「日中か?それとも夜間か?」それしかわかんないのがコレ!

それしかわかんなくていいじゃん。
そう思えるメーカーも、それに大金を投じれるユーザーも、共に世間の枠組みから大きく離れている必要がある、という。。

もはや、腕時計というより「それを超えたなにか」って言ったほうが正確であるように思えマス。

posted by 綺羅 | Comment(0) | TrackBack(0) | WHY? 機械式!

機械式時計の魅力とは(その7)

時間という絶対的な概念をシステム的に表現するものである以上、機械式時計はその到着点として、「宇宙観」を表現するものとなります。

これはブレゲのトゥールビヨン。


生物が全て、その身の内に「小宇宙」を宿すものであるなら、あるいは知性の究極がその宇宙の表現にあるなら、外的な世界との関わりの始まりとして機械式時計が存在するのは、ある意味必然的かもしれません。

計測器としてのクウォーツにこの任は少し重い。

芸術と工業産業の間に位置するのがヨーロッパの時計業界であると思う。
タグ:機械式時計
posted by 綺羅 | Comment(0) | TrackBack(42) | WHY? 機械式!

機械式時計の魅力とは?(その6)

〔その6〕「カリスマが集う業界である」という点

機械式時計”界”には
・理想とするメカニズム
或いは
・究極の造形美
を追い求めるうち、強烈に他者に影響する力ーすなわちカリスマ性ーを持つようになった人が少なくありません。(決して雄弁とは限りませんが)

・クロノスイスのラング氏
・IWCのクルト・クラウス氏
・Sinn創業者のヘルムート・ジン氏
そして
・フランク・ミューラーをはじめとする独立時計師たち
あるいは
・”マエストロ”ジェラルド・ジェンタ氏などのデザイナー
など、こうした力を持つ人は枚挙に暇がないといえます。

この視点から機械式時計を観るとき、
・ユーザーとは彼らの影響を受けた人であり
・製品とは彼らの力の結晶であり
・市場とは彼らの影響の及ぶ範囲
を指すはずです。

200gにも満たない実用品が、かくも人間の精神に影響するなどということがこの”界”以外にありうるでしょうか?
タグ:機械式時計
posted by 綺羅 | Comment(0) | TrackBack(0) | WHY? 機械式!

機械式時計の魅力とは?(その5)

〔その5〕「一生モノ、という価値観(あるいは殺し文句)」

一生モノ、という言葉にはある種の機械式時計を購入するにいたらせる説得力とインパクトがそれなりにあります。
おおよそ「家」以外に「毎日、しかも一生使うモノ」を買うことなど、普通の生活者にはありえません。

実際には、年代を重ねると好みも変わるので「額面どおり一生使うかどうかは別にして」「一生使うことが『可能』である」商品、という意味ではありますが。

さてこの『可能性』を実現足らしめるには、その製品に
・日常生活でガンガン使ってもびくともしない堅牢性
・メンテナンスの容易さを実現するシンプルな構造
・飽きのこない、しかし広く受け入れられやすい魅力的なデザイン(これは至難のわざ)

がなければならず、なおかつメーカーサイドに

・アフターサービスが提供可能な体制
・適切なタイミングを取った新商品の投入

などがなければならないことになります。

すでにご賢察のとおり、これらをもっとも高い水準で達成し、すべての販売者サイドにそのコンセプトを浸透することに成功している稀有なメーカーこそがロレックスな訳です。
posted by 綺羅 | Comment(0) | TrackBack(0) | WHY? 機械式!

機械式時計の魅力とは?(その4)

〔その4〕「機械式時計はそもそも『実用品』と『工芸品』の間に位置するものである」という点

まだ腕時計が一般的でなかった19世紀の終わり頃(あるいはそれよりもっと以前には)、機械式の携帯ウォッチは懐中時計がメインでした。

懐中時計にはアクセサリーとしての要素もありましたから、そこに様々な彫金技術を施すこともなされたのだろうと思います。

21世紀のこんにち、単なる『実用品』としてだけ腕時計を観れば、精度と低コストに勝るクウォーツに機械式はかないません。
(クウォーツ・ショックを思い出せば明らかなように。)

しかし、『熟達した職人さんがつくった歴史ある工芸品』として機械式時計を観ることもまた可能なことなのです。
(実用性を重んじるロレックスでさえ、ムーブメントにはベルラージュという加工を施してある。しかもこれは裏蓋を開けないとわからない)

そして一般的に男性に許された身に着ける工芸品とは、機械式時計をおいて他にはありません。


posted by 綺羅 | Comment(0) | TrackBack(0) | WHY? 機械式!

機械式時計の魅力とは?その3

[その3]「機械式時計は時として『生き物』のように見える、という点」
かなーり「フェチ」な観点ではありますが。。。まあ、機械式の時計を買った事がある人は同意してもらえるんじゃないかと。

「モノ」そのものがあたかも「生きている」と感じられることは、時計に限った事ではありません。
機械式時計を「まるで、生き物のようだ」と感じるのは、丁度「(倒れてしまうので)一人では立っていられないバイクが好き」という感性にすごく似ている、と筆者は考えます。

共通するキーワードは「不完全」。

人の手を借りずして存在しえない機械、というものにいとおしさを感じてしまう訳ですよ。

「狂わない」「壊れにくい」道具としてのクウォーツ時計には、この不完全さを訴求する力を感じないのデス。
タグ:機械式時計
posted by 綺羅 | Comment(0) | TrackBack(0) | WHY? 機械式!